約5000年以上前に焚火をしていて偶然見つかった、人類最古のものづくり


約2300年前の弥生時代中期ころに、その技術が朝鮮半島より伝来し各地に広がっている


645年(大化改新) 周防国府の成立
奈良飛鳥に中央集権国家が成立すると、律令制度が整えられ、それまでの地方豪族の国造制から中央集権的な国郡里制へと機構が変わった。
周防国府は、大化改新以降に全国に60余り設置された国府の一つである
古くから開けた佐波(沙婆)の地に置かれ、中央政府が任命した国司が派遣されて政治を執っていた古代の役所である
http://www.city.hofu.yamaguchi.jp/site/matsuzaki-kom/matukom-kokuhu.html


周防鋳銭司紙幣鋳造所
奈良・平安時代に国家の銭貨を造っていた周防鋳銭司があった
特に平安時代の820年代から950年にかけては、唯一の貨幣鋳造所であったとされる


904年(延喜2年)防府天満宮
道真が亡くなった翌年に創建された
日本三大天満宮であり、最古の天満宮と言われている


防府天満宮青銅鳥居


防府天満宮貯蔵文化財
http://www.hofutenmangu.or.jp/bunkazai.html


1197年(建久八年)鎌倉時代 鉄宝塔(国宝)
重源上人が願主となって鋳造したものです。鋳工は東大寺の大仏を鋳た日本鋳師を代表する、草部是助・是弘、助延たちだった


約1200年頃
阿弥陀寺 鉄湯釜
鎌倉時代初め、南都焼討で被害を受けた東大寺再建のための木材調達に周防国(現在の山口県防府市)に渡った僧侶・重源上人が考案製作した東大寺別院阿弥陀寺の湯屋にある「鉄湯舟」が直火煙道式の長州風呂(鋳鉄製五右衛門風呂)の元祖とされている


江戸時代
防府市の鋳物師塚本長左衛門信久が萩の長州藩に召し出される


防府市の鋳物技術によって鍋・釜・風呂釜などから、洪鐘・半鐘などを鋳造された


1261年(文応2年)
梵鐘 銘 沙弥生蓮作


1642年(寛永19年)
吉敷郡岩渕観音堂の洪鐘から
1844年(弘化元年)
徳山の時鐘に至るまでその数70以上、防府鋳物師か萩住居の鋳物師の作品である


1821年(文政4年)
松村彦右衛門藤原信房が現在の防府市鋳物師町で鋳造業を創業


1828年(文政11年) 松村彦右衛門藤原信房が鎌倉時代の鉄湯釜を鋳直し阿弥陀寺へ奉納。
この鉄湯釜は、阿弥陀寺の湯屋で昭和末期まで、約170年間もの間、使われ続けてきた


幕末期に長州藩(山口県)が製造した青銅製を中心とする大砲、長州砲を鋳造
和式と洋式の2種類あり、砲身は約1-4メートル、最大射程は約1キロ、重さは1-4トン
長州砲について詳しくはこちら


1881年(明治14年) 鉄風呂「長州風呂」
松村家より分家した吉武彦十が、東京で開かれた第二回内国勧業博覧会で 鉄風呂「長州風呂」 を出品して 褒状を授与
その後「長州風呂」が中国・関西地方でブレイク


1967年(昭和42年) 鉄湯釜が国の重要有形民俗文化財に指定
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/159158


1972年(昭和47年) 鉄湯釜が防府市の民族文化財・山口県重要有形民俗文化財に指定
http://www.city.hofu.yamaguchi.jp/webhis/honbun/099amidajiyuya.html


1994年(平成6年)現在の防府駅舎落成
防府駅周辺には多くの景観鋳物がまちづくりに貢献をしている


2020年 令和2年4月 長州鋳物記念館設立


参考文献:勝間歴史同好会会誌「勝間」